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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)565号 判決

控訴人(被告)

榎本義男

被控訴人(原告)

江川禮子

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

二  控訴人は被控訴人に対し、金一六三万六五二三円及び内金一四八万六五二三円に対する昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、従前一、二五四万九六一七円及び内金一一七四万九六一七円に対する昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求めていたのを、当審において、金三〇四万四五二三円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求める請求を減縮した。

第二主張

次に付加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。(但し原判決二枚目裏二行目「転倒させてたため」を「転倒させたため」と同枚目裏七行目「これ怠り」は「これを怠り」と、各訂正する。)

(一)  二枚目裏五行目、「被告は」の次に「加害車両を保有し自己の用途に運行使用しているものであるが、自動車運転者たるものは本件の如く」を加え、二枚目裏九行目「原告が」の前に「自賠法三条、民法七〇九条により」を加える。

(二)  四枚目裏五行目「九六万二六〇〇円」を「四九九万二六〇〇円」と、七行目から八行目の「一二五四万九六一七円」を「八五一万九六一七円の内金三〇四万四五二三円」と、八行目から九行目の「一一七四万九六一七円」を「二二四万四五二三円」と各訂正する。被控訴人は従前一二五四万九六一七円及び内金一一七四万九六一七円に対する昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求めていたのを、当審において、三〇四万四五二三円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払を求めると請求を減縮したものである。

一  控訴人の補充主張

(一) 原審以来主張しているとおり本件事故について控訴人に過失はない。

〈1〉 被控訴人は次女美紀に自己の約一〇メートル前方を自転車で走らせ、その後方を原付自転車に乗つて座席の前のステツプに当時二歳の孫を立たせたうえ両手でハンドルを握らせ、自らの両足はステツプに置かずに両側にぶら下げて地面をするような格好で、自転車並みの速度で道路左端から約〇・四メートルの所を随走していたのであるから、本件道路の幅員、対向車が無かつた等の事情を勘案すれば、控訴人運転の貨物自動車がこれを追越してはいけないということは無理な話であり(けだしもし追越せないというのなら、このような自転車の後を自動車が走つていなければならなくなる)追越そうとしたことには何らの責任がない。

〈2〉 次に被控訴人との間隔であるが、控訴人は、右の位置を右のような状態で走行している被控訴人から約一メートル間隔をあけたところを追越し走行しようとしたのであり、本件道路の幅員(対向車線も含めて六メートル)、被害車両の車幅(二・四メートル)等を勘案すれば文句のない正常な追越間隔である。

〈3〉 ところが、加害車両が被害車両の右後方〇・八メートルに迫つたとき、突如被害車両が右に寄つてきたので驚いた控訴人はさらにハンドルを右に切りブレーキをかけたが、結局接触してしまつたものである。控訴人が追越そうとした被控訴人の後方からは、被害車両の座席前部に幼児を立たせているのは見えないし、また予測もできないことである。控訴人から見れば、道路左端に近いところを前方に自転車、その約一〇メートル後方に大人の女性の両足を地面にするような格好で乗つて自転車並みの速度で随走している原付自転車がみえるだけであり、この状況を前提としてまさか右原付自転車の座席前部に幼児を立たせており、運転手が驚愕狼狽のあまり自ら控訴人車に当りにくるようなことを予測すべきであるというのは無理であり、控訴人に右の如き予測義務までない。

〈4〉 従つて被控訴人の転倒につき控訴人の責任を認めた原判決は誤りであり、控訴人には被控訴人の転倒に何らの責任もない。かりにしからずとするも、控訴人の過失は殆んど無過失に近いものであり、せいぜい一、二割が妥当である。

(二) 被控訴人主張の後遺障害について根拠となるものはない。甲第八号証(自賠保険後遺障害診断書)記載の症状は、乙第一五号証(診療記録等)に照して仔細に検討すると左記の如き矛盾があり信用し難いものである。

〈1〉 被控訴人はレントゲン検査の結果、第一二胸椎が楔型を呈し、棘突起がわずかに後方に突出しているだけである。右第一二胸椎の変型と両大腿のしびれ感、右下腿の放散痛、右側頸部から上肢にかけてのしびれ感及び神経痛様疼痛、尿をもらす等の症状とは結びつくものではない。

〈2〉 後遺障害が事故による損傷により生じる症状であれば、事故直後に現れなければならないが、カルテ上はつきりと症状が記載されているのは昭和五六年一月三〇日欄に左下肢に放散痛、同年二月一三日欄に右下肢に放散痛とあるのが始めてであり、治療の点から推測するも昭和五五年一一月二七日に低周波をそれまでの背通、左手母指、右上腕に追加して右下肢にもかけているのが始めてである。尿失禁については入院、通院中にはカルテにも看護日誌にも全く認められない。

〈3〉 カルテによれば、被控訴人は初診時(昭和五五年八月一九日)尿糖卅(スリープラス)の検査結果が出ている。しかるに以後同年一一月四日まで七八日間毎日二〇パーセントのブドウ糖を注射し続けている。前示〈1〉、〈2〉の事実を併せ考えると、右ブドウ糖注射により糖尿病を悪化させて終い、下肢のしびれ等は糖尿病性神経炎である可能性が強い。

〈4〉 被控訴人は、右腕については本件事故により擦過ないし挫創を負うも骨折はなく、頸部については退院に至るまで訴もなければレントゲンの異常もないのである。カルテによれば被控訴人は、昭和五六年一〇月二三日に単車に乗つて自己転倒している。そして両膝部に怪我をし、右肩のレントゲンも撮つているところからして右肩も打撲か挫創を負つたものと思われる。そして以後右肩への低周波治療が追加されている。右傷害が被控訴人の後遺障害とされている右側頸部から上肢にかけてのしびれ感及び神経痛様疼痛に何らの影響も与えてないとは言えない。

〈5〉 被控訴人が〈4〉記載の自己転倒している事実は、この時点で同人が単車に乗つて走り廻れる程回復していたことを如実に示しており、更に昭和五六年九月から自動車教習所に通い翌五七年一月には自動車普通免許をも取得しているのである。

〈6〉 乙第八号証の二(診断書)によれば被控訴人の事故当初の診断は向後三か月の休養加療を要すである。当初の診断どおり必ずしもいくものでないことは言うまでもないが、乙第八号証の二には既に被控訴人の病名は出つくしており、その上での診断であることを考えれば、実際の被控訴人の治療はあまりにも長すぎるし、又後になるほど主訴症状が増えてきていて不自然である。

(三)  損害について

〈1〉  被控訴人の治療費は一九九万五六〇六円であり(甲第四号証の一、二)その他の損害と合せて先ず被控訴人の全損害を算出し、それに過失相殺したうえ、自賠責保険からの受給金や控訴人からの支払金、右治療費支払のために支給された和歌山市国民保険金七〇万五七二六円(甲第四号証の一)及び和歌山福祉事務所支給金六八万〇六五〇円を差引き、控訴人に支払を請求すべき金額を算出すべきである。

〈2〉  付添費について要付添期間とされている五三日間被控訴人の次女が付添看護したものではない。昭和五五年八月一九日から同月二一日までは控訴人が付添い、同月二二日から同年九月二日までは午後二時から九時まで控訴人の妻が付添い、四月三日から同年一〇月一日までは午前一〇時三〇分から午後五時三〇分まで同じく控訴人の妻が付添い、同月二日から同月八日までは午後二時から午後五時三〇分まで同じく控訴人の妻が付添つて看護した。

〈3〉  入院雑費は昭和五五年当時の適正額は六〇〇円であり、当初のうちはともかく、入院期間が長びくにつれて減額すべきである。

〈4〉  逸失利益の算出について、本件事故と因果関係をもつ症状は右腕の疼痛と第一二胸椎の変形だけであるが、右腕打撲による疼痛が後遺症認定時まで残存していること自体疑問で、かりに残存していたとしても、頸椎異常もしくは腕骨折等の他覚的異常所見のみられない神経症状であるから、残存期間はせいぜい一年とみるべきである。又第一二胸椎の変形そのものは変わらないとしても、或程度期間が経過することによつてそれに対応した人体の自然回復力が機能し、労働能力は回復するもので、その残存期間はせいぜい三年とみるべきである。また被控訴人の後遺症に基く労働能力低下率も一四パーセント(自賠法施行令第二条の別表一二級)程度と考えるべきである。

〈5〉  慰藉料についても、入院期間中のそれは一三〇万円まで、後遺症に対するそれもせいぜい一三〇万円までが相当と考える。

二 控訴人の補充主張に対する認否

(一) 控訴人の無過失の主張は争う。本件道路の幅員は六メートルで、片側は三メートルしかない。一方加害車の幅は二・四六メートル、被害車は〇・六メートルであるから、控訴人のような大型ダンプカーとしては、禁止されている右側はみ出しをあえて犯さない限り、もともと追越し不可能な場所である。このような狭い道を八トンダンプで乗り入れ追い越しをかけるようなことはそれ自体危険であるから、これを禁止する規制があるのにこれを無視した控訴人の運転態度が本件事故の第一の原因である。しかも被害車と接触した時の加害車の位置は道路左端から一・五五メートルであつたから、被害車(の車輪の位置)が道路左端から三〇センチメートル位の所を走つていたとしても、ハンドル幅六〇センチメートルの被害車と加害車との間隔は、一メートル未満となり、おそらくは被控訴人のいう通り、少くとも〇・五~一メートル位のところを走つていたと考えられるので、加害車の左端との間は接触点でわずかに二五~七五センチメートル(追越しにかかる直前では一〇~六〇センチメートル)と、まさにすれすれに追越しをかけたことになる。このような至近距離で後から追いつめ、追い立てれば、無防備の単車に乗つた中年女性が動顛狼狽しても無理のないことで、仮に控訴人主張のように、多少被害車がふらついたとしても、それは控訴人の無慈悲、無責任な運転により一方的に作り出した事態である(そもそも路上の擦過痕の位置からすると、被害車が右に寄つたという控訴人の主張は信用できない)。自動車教習所で安全運転の鉄則として叩き込まれる基準によれば、乗用車でさえ、単車を追い越す際には最低一・五メートルの間隔を置くこととなつている。

(二) 控訴人の後遺障害についての主張は争う。

〈1〉  いうまでもなくレントゲン所見として出るのは骨の異常だけで、頸椎、胸椎の軟部組織(神経、筋肉、軟骨、血管等)の異常はレントゲン所見には全然現われない。本件後遺障害のいくつかのものは、脊椎圧迫のみで説明がつくが、その他のものについても、レントゲン所見がないからと言つてこれら軟部組織に損傷がないと言えないのは勿論、むしろ圧迫骨折が生じる程強く路面に叩きつけられた本件においては、通常のむち打ち症等と異つてこれらが損傷されている公算が強い。

〈2〉  控訴人は各症状の発生時期が遅いというが、脊髄損傷の場合には、癒着運動、循環障害その他を原因として、後日悪化及長期化するのは何等異例のことではない。

〈3〉  控訴人は、被控訴人は糖尿病にかかつていたのを医師の過誤によりこれを増悪させたのではないかというのであるが、何等根拠もない推測に過ぎない。外傷を受けた際一過性糖尿の出ることは、何等異とするに足りないばかりか、被控訴人には糖尿病の進行をうかがわせる他の症状も、一般状態の悪化も全く見られない。

〈4〉  控訴人は第二事故により症状が悪化したのではないかというが全くの推測であるし、仮りに、打撲か挫傷位はあつたとしても、本件症状との因果関係を疑わせる根拠は全くない。

〈5〉  控訴人は診療期間が長過ぎるというが、脊椎骨折の解剖学的治癒期間は三か月間、機能的治癒は一三か月とされている。物理的には大体六か月位が平均であるが、精神、神経的側面を加味すると一、二年を要するのはごく通常のことである。特に本件の場合は、いわゆるむち打ち症等とは本質的に異なり、胸椎に圧迫骨折が生じる程、脊椎全体に強い衝激が加えられているのである。

〈6〉  控訴人は、被控訴人は単車に乗つたり、普通免許をとつたりできるのだから被控訴人主張の後遺症と矛盾するというが、診断書の内容ならびに被控訴人本人の供述と何等矛盾するものではない。長時間の立仕事や歩行が不能で、座るのも手で体重を支えていることが必要で、柔らかい物の上に腰をかけるには特に苦痛を感じる被控訴人としては、従前のウエイトレスや店番のような仕事に就くことはできず、手に職のない被控訴人としては、生活の糧を得るためには痛みをこらえ、五〇の手習いで免許でもとり、少しでも有利な職業につき度いと努力するのは、涙ぐましい努力と賞賛されるべきであろう。被控訴人の症状は年を経るごとに増悪しており、就労能力、機会の制限にとどまらず、日常生活自体が苦痛を増しつつあり、被控訴人本人はもとより、家族も含めて暗い気持で日を送つている。

(三) 控訴人の損害についての主張はいずれも争う。

第三証拠

原審及び当審記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故が発生したことは当事者間に争いがなく、右事故の態様については当裁判所も原判決と認定判断を同じくするから原判決中当該部分(原判決六枚目表五行目から七枚目裏末行まで)を引用する。当審における控訴人本人の供述のうち、右認定に反する部分は同記載と同じ理由で措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  これに対し控訴人は、本件事故について控訴人には何らの過失はなく、仮にあつたとしても過失割合は一、二割にすぎないというのである。しかし原判決援用の甲第二号証の三(乙第六号証と同じ)によると、本件事故現場附近は原判決認定のとおり追い越しのための右側部分はみだし禁止区域であるのに、控訴人は右側部分にはみ出して被害車両を追いこしているのである。のみならず道路交通法二八条によると追い越しをしようとする車両は、反対の方向又は後方からの交通及び前車又は路面電車の前方の交通にも十分に注意し、かつ前車又は路面電車の速度及び進路並びに道路の状況に応じてできる限り安全な速度と方法で進行しなければならないと規定されており、追い越しにあたつては、通常前車が乗用車である時は右側方間隔を約一・五メートル、二輪車の場合には二メートル程度の間隔を開けるのが相当であると解すべきところ、本件においては前示甲第二号証の三と原判決援用の同号証の八、九、一一、一二、乙第六号証、第一〇ないし一二号証、原審における被控訴人及び控訴人の各供述によると、原判決認定のとおり控訴人は被害車両追い越しに際して、右側方間隔を〇・五メートル程度しか保持していなかつたことが認められる(右認定に反する当審における控訴人の供述は採用できない)から、控訴人に過失があることは明らかである。右証拠によると原判決認定のとおり被控訴人にも過失がありその割合は控訴人六、被控訴人四と解すべきことも原判決認定のとおりであるから、控訴人の右主張は採用できない。

二  そして被控訴人が本件事故により傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、その部位、程度、症状固定後も後遺障害が残り、これが自賠責の査定に当つて自賠法施行令第二条の別表第一〇級と認定されたこと等は原判決の認定するとおりであるから原判決中当該部分(原判決八枚目表三行目から同裏七行目まで)を引用する。控訴人の当審立証によつても右認定を左右するに足るものはない。

(一)  控訴人は、被控訴人主張の後遺障害については根拠となるものはないとして

〈1〉  レントゲン検査の結果第一二胸椎が楔型を呈し、棘突起がわずかに後方に突出しているだけで右第一二胸椎の変型と後遺障害と結びつくものではないというのである。しかしレントゲン検査で現れるのは骨の異常だけで、頸椎、胸椎の軟部組織(神経、筋肉、軟骨、血管等)の異常は現れない。脊柱は全長にわたつて脊髄を容れる脊椎管によつて貫かれており、各脊椎骨の高さから、それぞれの脊髄神経が出ていて、頸部と胸、腰椎の移行部には上、下肢に行く脊髄神経が集中しており、これらが損傷されると上、下肢の麻痺やしびれ、尿失禁等が現われる。レントゲン所見で第一二胸椎が変形していることはその附近に集中している脊髄神経の損傷を推測させるもので右事実に、原判決援用の甲第二号証の五、七、第三、四号証の各一、二、第八号証、乙第一五号証、当審証人江川美紀の証言と原審における被控訴人の供述によると、本件事故と被控訴人主張の後遺障害との因果関係は首肯しうるに足るものであるから、控訴人の右主張は採用できない。

〈2〉  控訴人は本件事故と因果関係のある後遺障害にしては障害の発生時期が遅いというのであるが、原審援用の乙第一五号証によると、被控訴人は、初診の入院時は勿論、その後も昭和五五年一〇月六、七、一一月七、八、二一、二八日と腰部、背部、下肢等の疼痛を訴えており、同年一〇月一三日以降ひんぱんに両下肢にマツサージを施している事実が認められ、前示〈1〉の認定事実と脊髄損傷の場合には後日悪化長期化する事例も多いところから考えて控訴人の右主張も採用できない。

〈3〉  控訴人は、被控訴人は初診時尿糖スリープラスの検査結果が出ているのに以後七八日間毎日二〇パーセントのブドウ糖を注射し糖尿病を悪化させ、下肢のしびれは糖尿病性神経炎の可能性が強いというのである。成る程右乙一五号証によると控訴人主張の検査結果やブドウ糖の注射の事実は認められるが、前示認定事実及び証拠に照し、下肢のしびれが糖尿病状神経炎であることを裏付けるに足る証拠はないから控訴人の右主張も採用できない。

〈4〉  控訴人は、被控訴人は第二の事故により後遺障害と主張する右側頸部から上肢にかけてのしびれ感、神経痛様疼痛に影響がないとはいえないというのであるが、前示乙第一五号証によると控訴人主張の第二事故の発生したこと、すなわち被控訴人は昭和五六年一〇月二三日に単車に乗つて自己転倒し、両膝部等に怪我をし、右肩のレントゲンをとつていること、同日より右肩への低周波治療が追加されていることがうかがえるが、他に右事故に基く傷害の部位、程度等についてこれを的確に裏付けるに足る証拠もなく、前示各認定の事実をも考え合せると、控訴人の右主張も採用できない。

〈5〉  控訴人は、被控訴人の前示第二事故と、免許証の取得の事実から被控訴人は既に回復しているというのである。現場の写真であることは争いなく、当審における控訴人の供述によつて控訴人が昭和五六年一〇月一日に撮影したものと認められる検乙一ないし七の各一、二と原審における被控訴人及び当審控訴人本人の供述によると、被控訴人は昭和五六年九月から中央短期自動車教習所に通つて同五七年一月一三日に自動車普通免許を取得したことが認められるが、その取得に要した日数、右取得前に既に単車の免許を取得していたこと等を考え合せると被控訴人がある程度、健康を回復したとは推測させるものの自動車運転免許証を取得した事実と後遺障害の存在とは必ずしも矛盾するものではないから、控訴人の右主張も採用できない。

〈6〉  控訴人は、乙第八号証の二等によると、被控訴人の治療日数は長期にすぎるというのである。前示のとおり本件事故に基く被控訴人の傷害が脊髄の損傷であることや前示認定の諸事実を総合検討すると、一概に被控訴人の治療日数が長きに失するとは解し難いから、控訴人の右主張も採用できない。

三  そこで進んで被控訴人が本件事故によつて蒙つた損害について検討する。

控訴人は先ず被控訴人の全損害を算出してそれに過失相殺すべきであるとして、国民健康保険給付の対象となる部分についてこれを含めた総損害額につき過失相殺すべきであるというのである。しかし右保険金は社会保障的性格を有するものであるから、損失補償の性格を有するものと異り、総損害額から右保険給付分を控除したうえ、残額についてのみ過失相殺すべきであると解すべきであるから控訴人の右主張は採用できない。

(一)  治療費 六〇万九二三〇円

前掲甲第四号証の一、二、乙第一五号証によると被控訴人は中村整形外科・外科病院に対し治療費六〇万九二三〇円を支払つたことが認められる。

(二)  付添費 一二万九〇〇〇円

被控訴人は右中村病院入院期間中の昭和五五年八月一九日から同年一〇月一〇日までの五三日間次女美紀が付添看護したと主張し原審における被控訴人本人の供述、当審証人江川美紀の証言中には右に副う部分があるが、一方控訴人は、右要付添期間五三日のうち相当日数控訴人方で付添つたからその全部を控訴人の次女が付添看護したことはないというのである。成立に争いがない乙第一六号証と当審証人榎本汪子の証言によると当審証人江川美紀の右の点に関する証言も必ずしも採用し難く、一方当審証人榎本汪子の証言で成立の認めうる乙第一四号証の一もその記載の体裁等から考えて全面的には採用し難く、結局右証拠と原審援用の甲第三号証の一、原審における被控訴人の供述を総合すると、右五三日中一〇日分は控訴人側で付添したと解するのが相当であるから、被控訴人の次女が実質的に付添つたのは残りの四三日とみるべく、付添料は一日三〇〇〇円を相当と認めるから、被控訴人主張の付添料は金一二万九〇〇〇円と認められるがその余は、認められない。

(三)  入院雑費 二〇万四〇〇〇円

(四)  通院交通費 一二万三七六〇円

(五)  休業損害 一三〇万三五〇〇円

(六)  後遺症による逸失利益 五〇四万九三八三円

については当裁判所も原判決と認定を同じくするから次に当審補充主張に対する判断を附加するほか原判決理由中当該部分(原判決九枚目表八行目から一〇枚目表末行まで)を引用する。

(1)  控訴人は先ず入院雑費は昭和五五年当時の適正額は一日六〇〇円で入院期間が長びくにつれ減額すべきであるというが、当時の入院雑費は一日一〇〇〇円が相当で特に減額すべき事由も認め難いので控訴人の右主張も採用できない。

(2)  控訴人は、次に後遺症との関係で逸失利益の算出について争うが、原判決援用の証拠によると原判決認定のとおり被控訴人は昭和五六年一一月二六日症状固定したが第一二胸椎棘突起はわずかに後方に突出し、胸腰椎移行部に頑固な神経痛様疼痛残存し、両大腿にしびれ感、右下腿の放散痛、右側頸部から上肢にかけてしびれ感及び神経痛様疼痛があり、尿をもらす後遺障害が残り、右後遺障害は併せ考えれば自動車損害賠償保障法施行令第二条の別表に定める第一〇級に相当するものと解すべきであるから、控訴人の右主張も採用できない。

(七)  慰藉料 三五〇万円

被控訴人は入、通院中の分が金二〇〇万円、後遺症に対する分が金三〇〇万円と主張するのに対し控訴人はこれを争うが原審認定の諸般の事情を考え合せると、入、通院期間中の慰藉料は一五〇万円、後遺症に対するそれは二〇〇万円が相当であると認めるので、被控訴人の請求は右の限度で理由があるがこれを超える部分は失当である。

(八)  被害車両修理代 一万八〇〇〇円

原審における被控訴人本人尋問の結果によると被控訴人は本件事故により被害車両が破損したのでその修理代として一万八〇〇〇円を支弁したことが認められる。

四  以上の次第で被控訴人が本件事故によつて蒙つた損害は一〇九三万六八七三円となるところ、前に認定したとおり本件事故については被控訴人にも四割の過失があるからこれを過失相殺すると控訴人は被控訴人に対し自賠法三条または民法七〇九条により右認定にかゝる損害の六割に当る金六五六万二一二三円の賠償義務があるところ、被控訴人が自賠責保険から金四九九万二六〇〇円を受給し、控訴人から八万三〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから控訴人の支払うべき損害金残額は右を差し引いた一四八万六五二三円となる。

五  なお、被控訴人が本件訴訟の提起、追行を被控訴人訴訟代理人に委任していることは本件記録上明らかであるところ、本件事案の内容、請求認容額その他本訴に顕れた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある損害として控訴人に負担させるべき弁護士費用としては一五万円と認めるのが相当である。

六  そうすると被控訴人の本訴請求は右の合計一六三万六五二三円及びこれから弁護士費用を除いた内金一四八万六五二三円に対する本件事故の日である昭和五五年八月一九日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものであり、控訴人の本件控訴は一部理由があるのでこれと異る原判決を右のとおり変更し、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 西池季彦 亀岡幹雄)

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